大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋家庭裁判所 昭和51年(家)3269号 審判

国籍 韓国

住所 名古屋市

申立人 李貴世(仮名)

国籍 韓国

住所 名古屋市

事件本人 金慶仁(仮名)

国籍 住所 申立人に同じ

未成年者 金正全(仮名) 外二名

主文

事件本人が、その子である未成年者金正全、同金健仁、同金仙希に対して有する親権の喪失を命ずる。

理由

第一本件申立の要旨

(1)  申立人と事件本人は、昭和三五年一月ソウル市で婚姻し、本件未成年者らが出生した。

(2)  婚姻後、事件本人は自己の経営する会社の業績が不振であつたことも原因し、殆ど生活費を申立人に手交せず、また、異性関係の多いことから外泊することも度々であつた。

(3)  申立人と事件本人は、昭和四一年一一月、未成年者ら(当時出生していた二人)とともに来日し、現在に至つたものであるが、この間、事件本人は他の女性と関係をもち、非嫡出子である正良、同正丁の二子が出生し、それらを入籍する所業に及んだ。

(4)  上記の状況であることから、これらの事情は未成年者らに対する監護養育に悪影響を与えることになるので、事件本人の、その子である未成年者らに対する親権喪失の宣告を求めるものである。

第二当裁判所の判断

一  名古屋家庭裁判所調査官伊藤逸の調査報告書二通、登録済証明書、申立人李貴世(一、二回)及び事件本人金慶仁に対する各審問の結果、証人金正全(一、二回)及び金健仁に対する各尋問の結果、その他本件記録を総合すると以下の事実が認められる。

(1)  申立人李貴世と事件本人金慶仁は、共に韓国籍を有し、現在日本に住所を有している。申立人が二五歳(昭和三四年)の時に事件本人と婚姻し、昭和三五年一〇月七日に長男正全が、同三七年一一月一八日に二男健全が、同四二年七月三〇日に長女仙希が出生した。

(2)  申立人と事件本人は、昭和四一年一一月五日、当時既に出生していた長男正全、二男健仁と共に来日し、一家は名古屋市内に居住し、その翌年長女仙希が出生した。事件本人と長女は日本での永住権をもつているが、申立人と長男、二男は一九七八年(昭和五三年)四月二三日までの在留期間を有するのみである。

(3)  事件本人は来日後も日本と韓国を往来し、むしろ韓国に滞在する期間が長く、それに仕事関係ばかりではなく、韓国に在住する婚外女性と親密な関係があり、その間に二人の子まで出生し、しかもそれらの子は申立人の知らぬ間に、事件本人と申立人間の嫡出子三男、四男として入籍されている。事件本人は○○高校卒業後、○○大学中退で、その後、教材製作販売業に従事するほか、○○株式会社の仕事もしてきたが、その経営状態は悪く、現在も赤字続きで、そのために借金がかさみ、現在事件本人個人としての債務額は四〇〇万円ないし五〇〇万円程度あり、申立人と本件未成年者らが必要とする家計費は殆ど負担せず、専ら申立人の収入によりその生活は維持され現在に至つている。

(4)  来日後の、未成年者らに対する監護教育は殆ど申立人がこれに当り、たまたま、事件本人が未成年者に接する場合、ときに、日常の言葉づかい、行い等些細なことにも自己の気に入らぬとして、感情的に、きつく叱責し、特に長男、二男に対しては、殴打、足蹴り等苛酷なまでの体罰を加えてきた。そのために、未成年者らは事件本人に対し恐怖心を深め、遂に昭和五一年五月一二日、事件本人の不在中に、申立人と未成年者らは住家を出て別居するに至つた。別居後も、昭和五二年四月二日頃から一週間位の間、毎日のように申立人、未成年者らの住家に赴き、同居を拒む同人らに対し、「まだ、離婚していないから、俺にも権利がある」とか、「この家は自分の家だから自分にも住む権利がある」とか言つて帰ろうとしないので、警察官の援助を求めるという状態であつた。右期間中のある日の如きは、申立人の事件本人に対する「私たちの生活を邪魔しないで下さい」との発言に対し、事件本人は申立人の頭髪を強くひつぱる等の暴行を加え、あるいは、長男正全の「用事がないのなら帰つてくれ」との発言に対し、長男の頭髪をひつぱつたり、顔面を平手で殴打したりの暴行を加えたりし、ために、申立人、長男の事件本人に対する信頼は全く失われだのみならず、その恐怖心はますます大きく深まり、それは以上の状態に接している二男健仁、長女仙希にも影響を与え、申立人と未成年者ら三名の事件本人に対する不信感、恐怖心ひいては嫌悪感はその極に達している。

(5)  事件本人は韓国在住の婚外女性朴星玉(四〇歳)と親密な関係をもち、その間に正良(昭和四一年九月四日生)、正丁(同四六年六月一〇日生)の二子があり、それらを申立人の知らぬ間に、申立人と事件本人間の嫡出子三男、四男として入籍手続をしており、その婚外女性関係は現在も継続し、事件本人はその非を認めつつも、直ちにその関係を解消しようとせず、むしろ、今後もその関係を維持継続しようとしている。

(6)  申立人と事件本人は、互に愛情を喪失し、その婚姻は全く破綻状態で、双方離婚について合意が成立し、昭和五二年四月在日韓国領事館に協議離婚届を提出し、離婚の手続を進めている。

(7)  申立人は、ソウル私立○○大学を卒業し、現在は保険外交員、その他テニスクラブ加入外交員を勤め、月収約一五万円程であり、長男正全は私立○○高校二年在学、二男健仁は○○中学三年在学、長女仙希は○○小学四年在学で、申立人と同居し、それぞれの学校に通学し、申立人がそれらの生活費一切を申立人の収入によつて負担し、監護教育の親権の行使は専ら申立人がそれに当り、未成年者らの申立人に対する愛慕、信頼は深い。

二  ところで、事件本人金慶仁の住所が日本にあることから、わが国の裁判所が裁判管轄権を有し、かつ、当裁判所が管轄権を有することは明らかであり(家事審判規則第七三条)、その準拠法は、法例第二〇条に則り、父である事件本人の本国法すなわち、韓国法である。韓国法においては、わが国におけると同じく、子の親族の請求により(大韓民国民法第七七七条)、その親権喪失の宣言を求めることができる(同法第九二四条)。

三  そこで、上記一で認定した事実が、その子である本件未成年者三名に対し、大韓民国民法第九二四条所定の親権の濫用、又は顕著な非行、その他親権を行使せしめることができない重大な事由に当るかどうかを考えるに

先づ、第二、一、(4)に認定の事実につき、按ずるに、大韓民国民法第九一三条に「親権者は、子を保護し教養する権利義務を有する。」と規定し、これは未成年者である子の利益、福祉のためにする保護教養(わが国の民法第八二〇条所定の監護、教育と同趣旨と解する)の権利義務を一般的に親権の内容ないしは効力として定めたものであつて、これに付随して、その保護教養するために必要な費用の負担義務を負うのは理の当然である。また、同国民法第九一五条に「親権者はその子を保護又は教養するために必要な懲戒をすることができ、云々」と規定され、これは保護教養することに関して、未成年者である子の健全育成を目指し、それに必要な範囲内での懲戒をする権利を定めたものであり、ここでいう懲戒とは、親権者による子の保護教養の上から見ての、子の非行、過誤を矯正善導するために、その身体または精神に苦痛を加える制裁であると解せられる。そこで、以上のような制裁を加えるには、未成年者側にそれを必要とする非行過誤の行為(作為、不作為)がなければならないのは言うまでもない。しかるに、本件においては、制裁を加えられた未成年者である長男正全、同二男健仁には、親権者として、制裁を加えなければならない非行過誤の行為は見当らないところである。上記認定の事件本人の未成年者に対する行為は、ただ、親権者である事件本人が、未成年者である長男、二男の些細な日常の言動に立腹し、感情に激した上での、殴打等の暴行に出たものと考えられ、それは、長男、二男のみならず、直接に暴行を受けていない長女に対しても、不信の念や恐怖心、嫌悪感等を与えることとなり、もはや、これは未成年者の健全育成を目指しての行為とは言い難く、むしろ、未成年者の心身に著しい悪影響を与えたものと言わざるをえないし、なお、第二、一、(3)に認定したように、事件本人は未成年者らに対し、その生活上必要な費用すらも殆ど負担していないこともあり、以上は、到底正当な親権の行使とは認めることができず、親権の濫用があると断じなければならない。

次に、第二、一、(5)に認定の事実につき、按ずるに、大韓民国民法第九二四条所定の顕著な非行とは、違法、反倫理的行為のほか、わが民法第八三四条所定の著しい不行跡も含むと解するのが、親権喪失制度の趣旨にかんがみ相当である。そして、未成年者である子の福祉保護教養の面に悪影響を及ぼすような性的放縦、配遇者の不貞行為等は、人倫に反する行為であるとともに、著しい不行跡であると考えられる。ところで、上記認定の、事件本人の婚外女性との関係による不貞行為は、未成年者らの教養上に及ぼす悪影響は大きく、また、事件本人の婚外子二名の嫡出子としての入籍手続は違法、反倫理行為であることは明らかであり、このことが未成年者らの教養上、身分上に及ぼす悪影響もまた重大であるといわなければならない。以上、事件本人の行為は、まさに、顕著な非行であることを免れないところである。

よつて、本件申立は理由があるから、家事審判法第九条第一項甲類第一二号により主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川正夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例